我が国ではいま、「過重労働でうつ病を発症した」ことをめぐる裁判がいくつも行われている。これまでにはあまりなかった事態だ。これはすなわち、企業がメンタルヘルスに対する理解をさらに深め、関連するトラブルへの対処の仕方やトラブルを未然に防ぐ方法などを真剣に考えるべき時代になったことを示しているといえよう。
そもそも私が医療機関や行政機関で海外駐在員やその家族、留学生の相談を受け始めたのは今から20年前のことで、当初はほとんどがご本人からの個別相談だった。しかし最近は、相談の大半が企業の人事部門の担当者か駐在員の帯同家族からのものになってきた。相談内容も変わってきている。しかも最近は、中国からの相談が圧倒的多数を占めている。
したがって、特に中国に進出している企業の人事・勤労・厚生関係者を念頭に置いて、「よく分からない」といわれるメンタル問題の基本をお伝えしていきたい。というわけで、今回はその序論におつきあい願いたい。
求められる「目に見えない」リスク対応
上述したように時代がすでに変わっているにも関わらず、社員のメンタルヘルスをいまだに
「個人の問題」に帰するものだと考えている企業が少なくない。こうした考え方が、経営全体に影響するほどの損失をもたらしていることに気づいていない企業が多いのである。たしかに、企業では「見えないリスク」よりも「見えるリスク」への対処が優先されるのがつねだ。そしてその「見えないリスク」のなかでも海外駐在員を含む従業員のメンタルヘルスへの対応はさらに後回しにされがちで、世界的に名の通った大企業の中にさえ、長期療養者をおざなりにしていたり、もてあましたりしているところがあるというのが現実だ。
またほとんどの企業では、
メンタル問題に関連する社内規定など、何かあったら変更すればいいとしか考えていないフシがある。重い腰を上げるのは、むろん、解決が容易ではない「何か」が起きてからでしかないというわけだ。しかし一流企業を標榜するなら、いつまでもこうしたスタンスを続けていていいはずはない。我が国の自殺者がここ数年3万人を上回っていることは周知の事実であり、メンタルヘルス悪化によるビジネスマンの長期療養者も急激な増加をみせているのである。
したがって
これからの企業は、「見えるリスク」に加えて、「見えないけれども、何かが起これば想像以上の負担になるリスク」対策、すなわち従業員のメンタルヘルス対策に真剣に取り組まなければならないはずである。
本社サイドが忘れてはならないこと
私がいま企業にとって焦眉の急だと考えているのは、海外、とりわけ中国に駐在するビジネスマンのメンタルヘルスケア体制の確立である。なぜなら、私は、高層ビルから飛び降りたビジネスマンB氏やSEシンドロームで抑うつ状態に陥った北京帰りのK氏、駐在員ではないが、日中間を出張ベースで行ったり来たりしているうちに上海で帰らぬ人となったT氏や夫人とともに診察に訪れたアルコール依存症のS氏のケースなどを存じており、これらが決して珍しいケースではないことを知っているからだ。ここには書けないような事例はさらに多く、この種のメンタル問題は激増しているというのが私の正直な印象だ。
彼にしか任せられないという交代のきかない駐在員や、経験・ノウハウとともに重要な人脈を抱えた現地代表者。そんな企業関係者にもし「何か」が起きたら・・・。いま私のところに相談にみえる日本企業の中には、
その「何か」が起きたために、経営戦略を大きく変更せざるを得なくなったところもある。その「何か」は、突然の自殺や失踪だったり、精神状態が悪化したための帰国だったりするが、なかには、現地で発生したメンタル問題を担当していた本社側担当者の「うつ」だったというケースもある。
しかし精神科医から見ると、
手を打ってさえいれば防げたはずの事故や事件であり、いずれも起こるべくして起こったものばかりである。会社のため、事業のためには中国でのビジネス遂行に関するテクニカルなサポートも必要だろうが、
現地でのビジネスに直接携わるのはあくまで現地在住の生身の社員であり、仕事の推進力は彼ら自身のモチベーションであることを本社担当部門は忘れてはならない。
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中国駐在員のストレス:文字通り「冗談ではない」事例
by 株式会社MD.ネット 佐野 秀典
世界的に名の通った大企業でさえ、従業員のメンタル対策が遅れていることを指摘してきたが、何を以って遅れていると考えるかといえば、「予防こそ最大のリスクマネジメント」という意識が欠けている点だ・・・
中国駐在員の心理負担は、最近の中国をめぐるビジネス情勢に鑑みれば「現地在住でなければ分からない」レベルに達していることは想像に難くない。ところが、本社サイドの然るべき立場にある方に想像力が欠如していると、不幸な事態を招くこともある。今回はその典型的な例として、駐在員M氏のケースをご紹介しよう。
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